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対馬丸記念館の基礎データページの小桜の塔の写真

対馬丸に関する基礎データ

「対馬丸」に関する確かなデータは一つもありません。
今では考えられないことですが、当時は細部にわたる被害実態調査がされませんでした。
このことも対馬丸撃沈事件の本質として、ぜひ語っていただけたらと存じます。

①対馬丸の乗船者

疎開者(学童集団疎開、一般疎開)・・・・・・・・・1,661名

船員・・・86名

船舶砲兵隊員・・・41名

合 計・・・1,788名

​②対馬丸撃沈による犠牲者【氏名判別者数】

疎開者(学童)・・・・・・・・・784名

(訓導・世話人)・・・・・30名

(一般疎開)・・・・・625名

船 員・・・・・24名

船舶砲兵隊・・・21名

合  計・・・1,484名

(令和2年9月4日再改訂)

※ただしこれは名前が判明した数ですので、今後も遺族からの申告があれば増え続けます。

③対馬丸撃沈事件の生存者数

  1. 原則は「不明」です。理由は、乗船者1661名と犠牲者数1482名が不確定な数字だからです。出航当日の朝になって急きょ乗船を取りやめたり、逆に嫌がる子どもを無理やり乗せたりした親がいたことは皆さんご承知のとおりで、いつの段階での「1661名」なのかわからないため、乗船者-犠牲者=生存者という計算はなりたちません。

  2. これまで刊行された本に書かれていた「学童59名を含む177名が生き延びた」という数字については、1961年に大城立裕氏らによって書かれた「悪石島」の中に出てきますが、大城氏は「聞き取り調査をしたあの当時、生存者がそれくらいいたということで、これは正確な数ではない」と語っています。

  3. ただ、おおよその目安として、これまで発掘されてきた資料の中から以下の数字を読み取ることはできます。
     

漁船・哨戒艇による救助された疎開者・・・・・・・・・177名

船員・砲兵・・・・・・・82名

奄美大島に漂着して救助された人・・・・・・・21名

合 計・・・・・・・280名

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